文学作品の舞台になった西宮を訪ねて 西宮文学回廊

瀬戸内晴美/恋川

三浦座(浄瑠璃の劇場)、その周辺の料亭

あらすじ:

文楽の世界へ九歳で入門し、後に人間国宝まで上り詰めた二代目桐竹紋十郎の人生と、彼を取り巻く多くの女達との間に流れた恋の川が、文楽の舞台の様に辛く悲しく、情熱的に描かれている。徳島の阿波に育ち、人形浄瑠璃に親近感を抱いていた作者が、文楽の世界と女のさがを美しく描いた作品。多くの読者がこの作品に出会い、文楽の世界に興味を抱いたという、日本の古典的芸能に興味を抱かせる入門書としてもお勧めの一冊である。


作品より引用

西宮の酒問屋に、無類の人形芝居の好きな主人がいて、とうとう道楽が凝って、三浦座という一座を設けた。その時、文五郎たちが招かれて、西宮まで応援にいったことがある。  興行が終ってから、酒問屋の主人は大阪から駈けつけてくれた文五郎たちを土地の料亭に招待した。小文も師匠のお伴でその時はお座敷につれていってもらった。


出典:『恋川』 昭和50年 角川書店 より
初出


瀬戸内晴美と西宮のかかわり

産所町にある傀儡師故跡。1690年ごろからこの附近に傀儡師達が住み始め、全国にえびす信仰を広めた。
産所町にある傀儡師故跡。1690年ごろからこの附近に傀儡師達が住み始め、全国にえびす信仰を広めた。
作中冒頭でも、作者の出身地・阿波(徳島)の人形まわし達が、「西の宮のおいべっさん」で始まる口上を歌いながら回る習慣があったと書かかれている。
作中冒頭でも、作者の出身地・阿波(徳島)の人形まわし達が、「西の宮のおいべっさん」で始まる口上を歌いながら回る習慣があったと書かかれている。
桐竹紋十郎らが公演を行った三浦座は、史実では「大坂奉行所」の跡地に立っていた。奉行所時代、その敷地内にあった稲荷神社が今は西宮神社へ移築されている。
桐竹紋十郎らが公演を行った三浦座は、史実では「大坂奉行所」の跡地に立っていた。奉行所時代、その敷地内にあった稲荷神社が今は西宮神社へ移築されている。